前回は「静けさ」をテーマに、そこから連想される様々な場所の音量を測定した事例をご紹介しました。 その中で、自然豊かな環境の音は、音量のレベルだけを見ると意外に高い、という結果が出ました。
この結果は、多くの方にとって想像通りだったかもしれません。
なぜなら、自然豊かな環境とは、鳥や虫といった多くの小動物たちが生息する場所でもあるからです。 彼らは生命力にあふれ、その存在をアピールするかのように力強い鳴き声を発します。
そこで今回は、その生命力あふれる小動物たちに焦点を当て、彼らの鳴き声が一体どれほどのレベルを持っているのか、具体的な測定結果をご紹介したいと思います。
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箱根強羅の自然環境
前回も箱根強羅の測定事例をご紹介しましたが、今回はより木々に囲まれた森の中での測定事例からご紹介します。

前回も箱根強羅の測定事例をご紹介しましたが、今回はより木々に囲まれた深い森の中にあるホテル跡地での測定事例です。 測定高さは新規建物のベッドルームの高さを想定して、現況の地表面+12mに設定しています。 つまり、音源に近い位置ではあるものの、どの音源からもある程度の距離をとっていると考えて頂ければ良いかもしれません。
周囲を木々に囲まれているので見通しは良くありませんが、すぐ近くに小川が流れており、水の流れる「せせらぎ音」が常に聞こえます。 水辺という事もあるのかもしれませんが、野鳥をはじめとして沢山の小動物の声もします。 森林浴としては最高のシチュエーションではありますが、なかなかに騒々しい環境ではあります。 こういった環境が大好きな私にとっては、とても心地よい環境での測定ではありましたが、森の中の「静けさ」を求めて訪れると、騒々しさに驚くかもしれません。
では、この環境で聞こえてきた様々な環境音について、そのレベルの大きさをご紹介いたします。
野鳥の鳴き声
まずは代表的な野鳥の鳴き声についてご紹介していきます。
グラフの見方についてご説明しますと、このレベル波形は、横軸が時間で縦軸が音の大きさ(デシベル)となっています。 上部の細長いグラフは24時間を対象とした全レベル波形で、下の黄色ベースのグラフは、上のグラフの内の青いマスキング部分を拡大したものです。 時間でいうと7時~8時までの60分間となります。 この時間を野鳥の鳴き声としてご紹介するのは、この時間が一番頻繁に鳴いていたからですが、多少の変化はあるものの、日中はほぼ同じ状態であると思って頂いていいと思います。

これほど激しくレベルが上下する様子は、都市部で例えると、繁華街の雑踏に近いとおもいます。
個々の最大値を見ていくと、その殆どが 54dB ~ 64dB の間に含まれるため、野鳥の鳴き声の平均値は 58dB 程度となります。 この音が図のように頻繁に発生しているのですから、これが静かだとはだれも思わないのではないでしょうか。
しかしながら、決して不快な音とは感じないのは、私がこのような自然環境が好きだから、という事だけなのでしょうか。
ヒグラシの鳴き声
ヒグラシは鳴いているわけではないので、鳴き声といって良いのかわかりませんが、ここでは鳴き声として統一させてください。
日中の野鳥と入れ替わるように、夕方になるとヒグラシが鳴き始めました。 ヒグラシといえば夏の終わりのイメージがあるのですが、箱根強羅では7月の中旬も鳴いているのですね。

ヒグラシの鳴き声 51dB 程度と、野鳥に比べるとレベルは小さく感じますが、これには行動の違いが影響していると考えられます。 野帳は常に移動しているため、あらゆる方向から聞こえてくるのですが、ヒグラシの鳴き声は森の奥の方から聞こえていました。 つまり、今回は音源の位置としては成れていたがゆえに、レベルが小さく出た可能性があります。 もう少し森の中に入っていくと、おそらくレベルが上昇すると予想されます。 しかしながら、ヒグラシも野鳥と同様に、全くうるさいとは感じません。 涼やかでとても気持ちの良い音として感じられます。
カエルの鳴き声
夜になるとカエルが鳴き始めました。 近くに小川が流れているから、という事なのでしょうが、これがびっくりするほど騒々しかったです。

こんなレベル波形は、工場や工事現場の測定でしか見たことありません。
レベルの大きさを見ると、カエルの鳴き声の大きさは 64dB にもなります。 この測定値は地上 12m のものなので、実際に現地で聞いていると、さらに大きな音に聞こえます。 これが間欠的に朝まで続くのです。 遮音設計を行う立場として、お施主様に報告しましたが、お施主様にとっても、まさか山深い森の中、しかも夜間でこれほど大きな音が発生するとは思っていなかったようです。
もちろん、自然の音なので騒音ではありません。 しかしながら、都市部の生活に慣れた人や、カエルが苦手な人にとっては、耐えがたい夜になるのではないでしょうか。
小川のせせらぎ音(増水時)
小川のせせらぎ音は心地よい音の代表ともいえるものですが、自然の川なので、雨が降れば当たり前のように増水します。 増水した川は、例え小川であっても、流れとともに音も増し、轟音のように響く場合があります。

霧雨が小雨となり、僅かな時間ですが激しい雨がありました。 その直後の音の変化の様子です。 水の流れが増し、それと共にレベルも上昇し、最大時で 58dB にもなりました。 平常時は 42d 程だったことを考えると、かなりのレベルの上昇です。
今回の雨は日中で、しかも短時間でしたが、これが夜間に発生し、更に雨量が増した場合は、睡眠妨害の原因となる事は間違いありません。
まとめ
森の中で聞こえる様々な音について、その音量を個々に測定し、考察してみました。
野鳥のさえずりや虫の音など、これらは自然界に当たり前に存在する音であり、決して騒音ではありません。 しかしながら、生き物の鳴き声に慣れていない方や、就寝時間帯の物音に敏感な方にとっては、不快な騒音と感じられてしまう可能性も否定できません。
そう感じたのは、私自身がカエルの大合唱に遭遇し、その想像以上の音量に圧倒されたからです。 もしこの音が都市部で発生したならば、間違いなく大きな問題となることでしょう。
この経験は、私たちにとっての「静かな環境」とは一体どのようなものなのかを、改めて考えさせてくれるきっかけとなりました。 それは、多くの生命の息吹に満ちた、賑やかでありながらも心地よい自然の中なのでしょうか。 それとも、物音ひとつしない、人気のない夜の住宅街なのでしょうか。
理想を言えば、前者こそが豊かで望ましい環境だと考えたいのです。 しかし、あのカエルの鳴き声を思い出すと、素直にそう断言できない自分がいるのもまた事実です。 今回の測定を通じて、音の感じ方や「静けさ」の定義がいかに人や状況によって変化する、奥深いテーマであるかを思い知らされました。