夏季の屋外測定では、セミの音が測定結果に大きく影響することがあります。
特に測定点の近くでセミが鳴いた場合には、その音が支配的となり、
本来確認したい道路騒音や周辺環境音のレベル変動が見えなくなることがあります。
昨今の東京では、場所によってはセミの音が早朝から夜間まで続くこともあり、
こうなると、環境音を測定しているのか、セミの音を測定しているのか、分からなくなるほどです。
一般的には、セミの音が強く発生している時期の騒音測定は望ましい条件とはいえません。
しかし、測定の目的やクライアントの事情によっては、どうしても時期をずらせない場合があります。
そのような場合、単に「セミが鳴いていた」で終わらせるのではなく、
実際にどの帯域に、どの程度の影響が出ているのかを確認する必要があります。
セミは常に鳴き続けているわけではないため、セミが鳴いている時と、鳴き止んだ時とで短時間のレベル差を確認し、
その周波数特性を比較することで、どの周波数帯にセミ音の影響が現れているのかを見ることができます。

今回の図を見ると、セミ音が発生している時には、4kHzの周波数帯で顕著な上昇が見られました。
つまり、セミ音は全帯域に一様に影響しているのではなく、
特定の周波数帯に強く現れる特徴を持っていることが分かります。
ここから考えられるのは、4kHz帯のみに着目して補正を加えることで、
セミ音の影響をある程度軽減できる可能性がある、ということです。
そのためには、まずセミ音そのものがどのような周波数特性を持つのかを知る必要があります。
セミ音の発生原理について考えてみる
セミは、発音器官と腹部の共鳴によって音を出しているため、強く現れる周波数帯にもある程度の特徴があります。
共鳴音の中心周波数は、一般に共鳴系の大きさが小さいほど高く、大きいほど低くなる傾向があります。
セミの発音も共鳴の影響を受けるため、体の構造や大きさによって、強く現れやすい周波数帯に一定の特徴が出ます。
そのため、周波数特性を見ていくと、
どのあたりの帯域にセミ音の影響が強く出ているのかを、比較的つかみやすいという特徴があります。
私自身も、実際にセミ音の影響を整理する際には、
日本におけるセミの種類や分布、活動時期や時間、体の仕組みや発音の仕組みなどを詳しく調べました。
セミの種類や発音原理について図鑑で調べている間、ふと 『私は一体、何の専門家になろうとしているのか』 という考えが頭をよぎりましたが、これもまた計量の道なのです。
これらの結果を踏まえて、サイズ別に発生音の中心周波数の違いを計算したりしました。
厳密には、共鳴部分の構造や形状の違いによって、単純な計算結果どおりにはならない場合もあるようですが、
同じ種類のセミであれば個体の大きさはおおむね近いため、特徴的な中心周波数も比較的一定である事が分かりました。
実際にセミ音の影響を軽減してみた
実際に測定したデータをもとに、セミ音の特徴が強く現れていた4kHz帯に補正をかけ、再分析した結果を見てみます。
赤で示したレベル波形は、セミ音を含んだ元データです。
これに対し、4kHz帯のみに補正を加えたものが、青いレベル波形です。
セミ音の影響が強い時間帯では、
それまでセミ音しか見えていなかったレベル波形の下から、
実際の環境音、ここでは道路騒音に対応すると考えられる変動が現れてきました。
つまり、セミ音の下に隠れていたレベルが見えてきた、ということです。
一方で、セミ音のない時間帯では、
同じように補正をかけても、レベルの大きさはほとんど変わっていません。
これは、今回のセミ音の影響が主として4kHz帯に限定されており、
環境騒音の主要な周波数帯とは異なる場所で強く現れていたことを示しています。

測定者は、数字だけを見ているわけではない
測定というと、機械を置いて数値を読むだけのように思われることがあります。
しかし実際には、周波数特性の一部だけが不自然に上昇している場合、
環境音以外の影響を疑い、その原因を考えることも必要になります。
電子音、機械音、反射、共振、虫の音など、原因はさまざまですが、
こうした違和感に気付き、必要に応じて測定位置やデータの見方を考えることも、環境計量士の実務の一つです。
夏季の現場では、こうした季節特有の音に出会うことがあります。
セミの音もその一つですが、ただ「うるさい」で終わるのではなく、
周波数特性を見ていくと、どの帯域に強く現れているのかが見えてきます。
今回の記事は、そうした実務の中で、
セミの音を真面目に観察し、考え、整理した一例として書いてみました。
まとめ
今回は、セミ音を軽減した事例と、その考え方についてお話しました。
確かにこの方法を用いれば、セミ音の影響を最小限にすることはできます。
ただし、当然ながら、この結果は補正を加えた後のレベルであり、
実務上の参考として意味があったとしても、そのまま生の測定結果と同じように扱うことはできません。
年間を通した測定のように、時期ごとのレベル変化を観測できる場合には、
夏季だけこのような補正を加えたとしても、全体の傾向を見る上では影響は小さいかもしれません。
また、今回のようにセミ音の影響が明確であり、
かつ測定の目的が遮音検討である場合には、
目的に照らして一定の実務的意味を持つ方法とも考えられます。
ただし、環境騒音そのものの評価を目的とした測定においては、
この方法を一般的に正しい方法とすることはできません。
環境騒音の測定では、本来確認したい音と、外乱的に加わった音とを含めて、
その時点の音環境をどう評価するかが問題になるため、
条件によっては、測定不可として日程を改めるべき場面もあると思います。
しかし、今回の測定は、環境騒音の一般的な評価ではなく、
遮音検討を行うためのデータ整理を目的としたものでした。
そのため、クライアントと相談した上で、
実務上やむを得ない条件の中で対応方法を考えた結果、このような整理を行いました。
測定は、ただ数値を記録すれば終わりというものではなく、
何を目的として測定しているのか、
その目的のために、どのようにデータを読むべきかを考える必要があります。
目的に応じて柔軟に判断すること、
そして、その判断の理由と限界を自分で説明できることも、環境計量士の実務の一つだと思います。
今年の夏、あなたの近くでも、
セミ音と格闘している測定者の姿が見られるかもしれません。
うるさいセミ音の中で、何やら真剣に測定している様子は、
少し滑稽に見えるかもしれません。
ただ、実際には、その場でいろいろなことを考えながら、
データと向き合っているのだと分かってもらえると嬉しいです。