お客様とのヒアリングの中で、次のようなご相談を受けることがあります。
「上階から聞こえる足音などの大きな音は測定できるのですが、
お隣から聞こえる声のような小さな音は、うまく測定できないんです。
このような音でも測定はできますか?」
詳しくお話を伺ってみると、
騒音計アプリや簡易騒音計を使って、ご自身で測定されているケースが多いようです。
騒音計アプリや簡易騒音計を使ったことのある方であれば、
一度は、次のように感じたことがあるのではないでしょうか。
「この騒音計アプリの精度は、本当に大丈夫なのだろうか?」
今回は、騒音計アプリの精度について、実用的な考え方を整理してみたいと思います。
計量法に適合した騒音計とは
私たち計量証明事業者が使用している騒音計は、
計量法に適合した「特定計量器」として位置づけられた騒音計です。
計量法に適合した騒音計は、大きく分けて
「普通騒音計」と「精密騒音計」の二種類があります。
両者の違いを簡単に言うと、
- 解析できる周波数範囲
- 内部雑音(機器自体が持つノイズ)の大きさ
といった点です。
精密騒音計は、内部雑音が小さく設計されているため、
より小さな音まで安定して測定することができます。
一般的な環境騒音調査では普通騒音計が用いられ、
製品の研究開発や検査など、より厳密な測定では精密騒音計が使用されます。
一口メモ
騒音計アプリや簡易騒音計の位置づけ
一方で、騒音計アプリや、市販されている簡易騒音計の多くは、
計量法には適合していません。
そのため、
「精度はどのくらいですか?」
と聞かれても、
機種や使用条件による差が大きく、
一概に「この程度の精度です」と言うことはできません。
正直なところ、
「分からない」としか言えないのが実情です。
騒音計アプリは本当にあてにならないのか
では、騒音計アプリは全く使えないものなのでしょうか。
結論から言えば、必ずしもそうとは言い切れません。
実のところ、私は騒音計アプリがとても好きで、
iPhoneに騒音計アプリが登場し始めた頃から、
さまざまなアプリを試してきました。
当時は買い切り型のアプリが多く、
中には1万円を超えるものもありましたが、
どんなアプリなのか興味が尽きず、いろいろと購入して実験を行ってきました。
精度についても、
計量法に適合した精密騒音計と比較する形で、
さまざまな条件下で検証を行いました。
アプリと精密騒音計の比較実験で分かったこと
同じ室内で、iPhoneと精密騒音計を並べ、
スピーカーからノイズを発生させました。
精密騒音計の指示値を基準に、
90dB、80dB、70dB…と、
10dBずつレベルを下げながら測定を行い、
配置や向きを変えながら何度か繰り返して平均値を確認しました。
その結果、当時の検証では、どのアプリでも共通して次の傾向が見られました。
- 大きな音では精度が高い
- 小さな音になるほど誤差が大きくなる
90dB付近では、
アプリと精密騒音計の差は2dB以内に収まることが多く、
これはアプリが基準音圧(94dB)で校正されているためだと考えられます。
一方で、
60dB付近から誤差が目立ち始め、
50dBでは5~7dB程度、
40dBでは8dB以上、
30dB付近ではさらに差が大きくなる傾向が見られました。
※あくまで当時の検証に基づく一例です。
内部雑音という考え方
このように、小さな音ほど誤差が大きくなる現象の大きな要因が、「内部雑音」です。
内部雑音とは、
電子回路そのものが持つノイズのことです。
例えば、テレビやオーディオで何も再生していない状態で
音量を上げると「ザー」という音が聞こえますが、
これが内部雑音です。
内部雑音は電子機器では避けられないもので、
完全に無くすことはできません。
騒音計でも同様で、
精密騒音計は普通騒音計よりも内部雑音が小さく設計されています。
- 精密騒音計:内部雑音の低減によりこだわった設計(小さい音まで測れる)
- 普通騒音計:一般環境音の測定として十分な設計
- スマホ(アプリ):下限や特性は機種とアプリの組み合わせで変わる(仕様が明確でない場合も多い)
一口メモ
騒音計も同様で、精密騒音計は小さな音まで安定して測定できるよう内部雑音の低減により配慮した設計となっており、普通騒音計は一般的な環境騒音の測定として十分な性能を満たす設計です。 一方、スマホ(アプリ)は、測定できる下限は機種とアプリの組み合わせに依存します。
スマホとアプリの関係
騒音計アプリ自体はソフトウェアなので、
内部雑音を発生させるものではありません。
しかし、
アプリをインストールしている「スマートフォン」には、
それぞれ固有の内部雑音があります。
スマートフォンのマイクは、
本来「音声を明瞭に伝える」ことを目的として設計されています。
そのため、
- 音声以外の雑音を抑える処理
- 通話品質を優先した特性
が組み込まれていることが一般的です。
結果として、
アプリの性能が高くても、
測定できる下限はスマホ本体の特性に依存することになります。
実用的な測定範囲の考え方
一般的に、
測定値が実用的になる目安は、
- 内部雑音+10dB程度:参考値
- 内部雑音+15dB以上:安定した測定
とされています。
精密騒音計の内部雑音は約8dB程度で、
実用的な測定範囲はおおむね20dB以上です。
一方、スマホアプリの場合、
マイク部分の内部雑音は仕様として明記されていないことが多いため、
- マイクを指でふさいだ状態での指示値
を目安にすることで、
おおよその内部雑音を推測することができます。
例えば、
30dB付近で安定する場合は、
40dB程度からが実用的な測定範囲と考えることができます。
一口メモ
最近のアプリを検証して感じたこと(補足)
最近、改めて複数のスマホアプリを確認してみると、
30dB以下まで安定して表示されることはないものの、
35dB前後のレベルでは、計量法適合の騒音計と2~3dB程度の差に収まる例も確認できました。

このレベルであれば、
個人の方が「状況確認」のために使用するには、
十分実用的と言える精度だと思います。
使用しているスマートフォンの機種は当時と変わっていないため、
ハードウェアの性能が大きく変わったとは考えにくく、
この変化はアプリ側の処理や表示方法の進化による可能性も考えられます。
ただし、どのような補正や処理が行われているのかは公開されておらず、
実際の仕組みについては分かりません。
そのため、現時点では「近年のアプリでは低レベル領域の表示が改善している例が見られる」といった観測事実として捉えるにとどめる必要があると考えています。
計量法適合騒音計とアプリの違い
計量法適合の騒音計は、
- マイクロホンを含めた全体が騒音計として設計され
- 試験・検定を経て販売される
一方、スマートフォンは、
そもそも騒音測定を目的として設計された機器ではありません。
その違いはありますが、
アプリの考え方自体は共通しており、
世界中の最新技術を柔軟に取り込める点では、
スマホアプリに優位性があるとも言えます。
一般の方の状況把握では、アプリが有利な理由
計量法適合の騒音計は、専門家が使うことを前提に作られているため、
動特性(Fast/Slow)や周波数補正(A特性/C特性)など、用途に応じて細かく設定できる一方、
選択を誤ると数値の意味そのものが変わってしまいます。
実は、この設定項目の多さは、専門家でも何度も確認が必要になる重要なポイントです。
私の場合は、チェック用紙で確認し、動画で設定の様子を記録し、
更には動画を撮影しながら、指差し・口頭での確認を録音するほどです。
一方、スマホの騒音計アプリは、一般の方が使うことを想定して、
表示や操作が分かりやすく設計されているものも多く、
設定ミスによる大きな失敗が起きにくいという利点があります。
お試し無料などで使用感を確かめながら選べる点も、現実的なメリットです。
また、騒音計は計器としての精密機器であり、水濡れや落下には細心の注意が必要です。
その点、スマホアプリは(スマホ本体に依存するとはいえ)
運用の心理的ハードルが比較的低く、日常の中で継続しやすい側面があります。
こうしたメリット・デメリットを踏まえると、最初の状況把握という目的においては、
高価な測定器を誤って操作して得た不確かな100点よりも、
手軽なアプリで得られる“概ね妥当な80点”のほうが、第一歩として、十分に価値を持つ場合もあります。
まとめ
騒音計アプリは、証明用や取引用として使用することはできません。
しかし、
- 個人が状況を把握する
- 音に対する理解を深める
- 記録を残す
といった目的であれば、使用条件や機種によっては、
十分に有意義で実用的な精度を得られる場合があります。
むしろ、計量法適合の騒音計であっても、
誤った使い方をしてしまえば、正しい判断はできません。
騒音計アプリは、
騒音に関心を持った方が「測定の考え方」を学ぶうえで、
有効な手段の一つだと思います。
今後も、アプリや測定技術は進化していくはずです。
評価する際には、条件や前提を整理しながら、
丁寧に向き合っていく必要があると感じています。